2014年10月25日土曜日

嫌いが好きに・・・

 このところ雨が続いたけれど、昨日の三時頃、雨足が途絶えたので子ども二人を連れて買い物に出た。しばらくすると再び降ってきた。夕方には止む予報だったから、雨具は持ってない。「帰ろうかな・・・でも、また止むかもしれないし・・・」と考えながら病院のそばを通りかかった時、「ここを通り抜けて、大通りに出られたら楽だ」と思いつき行ってみたが、塞がっていた。賭けに負けた気分になり、「やっぱり帰ろう」と決めた。そこへちょうど病院の車が入ってきて、子ども達に「気をつけて!」と注意して、「こんなとこ通らなければ、注意なんかしなくてすんだのに・・・。」と、すっかり落ち込んでしまった。
 すると車から降りてきた紳士が、「これ使ってください。どうぞ。」と、開いたままのビニール傘を差し出した。「いえ、大丈夫です。家、近いですから。」と断ると、「返さなくていいですから、どうぞ!」と、傘の柄をこちらに向けてくれた。まるで親戚のおばちゃんが親に内緒でちり紙に包んだお札をくれる時みたいに、「受け取るまで諦めない」という信念を感じた。
 ご厚意に甘えて傘をいただき、買物へ行くことにした。吉ちゃんはウキウキしている。文房具屋さん、肉屋さん、八百屋さん、薬局、スーパー、ケーキ屋さん・・・。いろいろ寄れた。いつの間にか、雨は上がっていた。
 今までビニール傘は嫌いだった。嵐の後の壊れたビニール傘は無惨だし、雨が止んだら壊れてなくても置き去りにされるのが虚しい。でも、「返さなくてもいい」と言われて受け取ることができるビニール傘の気軽さが、きっとたくさんの人の心を温かくしていると気付き、急に好きになった。
 翌日、ビニール傘を病院へ返しに行った。ケーキ屋さんで買ったクッキーと、さりげなく百万円を添えて・・・。(一部フィクションあり。「いえ」と「家」はダジャレのつもりではない。)





2014年10月14日火曜日

断乳~本当の地獄篇~

 断乳二日目は都庁に用事があり、外出中は八ちゃんの気を紛らわせることができた。帰宅後、生理もあってどっと疲れて横になったら、「ぱいぱい」と言って泣きながら頭突きしてきた。「がまんだよねー。虫歯がイタい、イタいになったら、いやだもんねー。」と言い聞かせていたら、しばらくして吉ちゃんが帰ってきて一緒に遊んでくれたので昼寝できた。だんだん胸が張ってきた…と思いつつ過ごしていたら、その日の深夜、今までにないほど胸がパンパンのカチカチになって、火傷みたいにビリビリして眠れなくなった。ネット検索してみたら、断乳って、一大イベントだったということが判明。「思い立ったが吉日」と突然始めてしまったが、一か月前から通院の計画を立てて、体調不良になる前に買い物など出来ることはは済ませておくとか、断乳初日はおかゆを食べて、しばらく湯船に浸からないとか、おっぱいにへのへのもへじを描くとか…。全くやってなかったことだらけ!ただ、八ちゃんにおっぱいを我慢させればいいとしか考えてなかった。乳腺炎になったらどうしよう…とか、急に不安になったが、まずは少しだけ自分で絞ってその夜は寝た。私の辛さとは対照的に、八ちゃんは寝る前に泣いたのは10分だけ、夜中も二回、少し泣いただけで、前のように激しくおっぱいを欲しがらなくなった。
 三日目は、吉ちゃんの学校の、学園祭のようなものを見に行った。主人も八ちゃんも楽しそうにしていたけれど、私は胸がヒリヒリして腕を動かすだけでも痛かったので、参加できただけで自分を褒めてあげたい気分だった。
 帰宅後、いつもなら授乳のタイミング。八ちゃんがそばに来て、「ぱいぱい?」と聞いてきた。今までは、「ぱいぱいくれ!」という乱暴な命令口調だったのが、「ぱいぱいは飲んでいい?がまんだっけ?」という謙虚なニュアンスに変わってきた。私が、「えらいねー。我慢してるんだもんねー。虫歯にならないですむねー。」と言うと、泣きもしないでそそくさと去っていった。
 一方、私の胸の痛みはピークを迎え、「やっぱり断乳は辞めようかな」とさえ思うようになった。吉ちゃんの時は、まずは昼間、我慢できる時だけ、夜中は徐々に、疲れて起きない日が多くなってきて…と、自然にフェイドアウトしたので、何もしなくても胸の痛みは全くなかった。八ちゃんだって、そんなに急に辞めなくても…。もう一度、計画を立て直そうかな。今、八ちゃんにおっぱい飲んでもらったら、めちゃくちゃ楽になる…なんて、断末魔のお叫びを聞いても全く揺らがなかったのに、自分の事情で気が変わりそうになる、ダメ母ちゃん…。ひとまず、ちょっと自分で絞って痛みを和らげた。
 夕方、頭痛がして、「そうだ!もう授乳しないなら鎮痛剤が飲める!」と気づき、主人に買ってきてもらった。約、三年ぶりの頭痛薬。今まで何度も我慢してきた鎮痛剤が、もう心置きなく飲める!解放感と薬の効果と、胸が痛むピーク時が過ぎたので、夜は元気が出てきた。八ちゃんは、私がシャワーを浴びている間に、主人の隣でいつの間にか寝ていた。いつもなら寝つく前に必ず、大泣きしておっぱいをほしがるのに・・・。


2014年10月13日月曜日

そうだ!断乳しよう~初日地獄篇~

 八ちゃんの歯科検診に行ったら、ごく初期段階の虫歯が見つかった。進行しないために、母乳を辞めるよう勧められた。歯を磨いた後、夜中に母乳を飲むのが良くないとのこと。八ちゃんを出産した病院で、「何歳までと親が決めるのではなく、子供が自然に飲まなくなるまで、好きなだけ母乳を与えましょう」と書かれた母乳育児の本を読み、そうしたいと思っていた。吉ちゃんは二歳八カ月まで飲んで、自分で「ぱいぱい、がまん」と言って卒乳したので、八ちゃんにもそうさせてあげたかった。けれど、虫歯はかわいそう・・・。やっぱり断乳するしかない。
 二歳を過ぎたころから、授乳しながら、「お兄ちゃんになったらぱいぱいは飲まないんだよ」「「八ちゃんもかっこいいお兄ちゃんだから、ぱいぱいがまんできるかな?」など、遠まわしに言い聞かせる程度だったけれど、その日から、「虫歯になったらおいしいもの食べられないよ。ぱいぱい飲むと虫歯になっちゃうって、先生に言われたよ。」と言って、一切あげなくした。初日は、昼間は泣いて欲しがっても、他の遊びに誘ったらすぐ、機嫌が良くなったが、夜は、寝る前に三十分くらい泣き続け、夜中も二回くらい長時間、泣いた。死にかけの虫みたいにジタバタもだえて、号泣している姿はまさに阿鼻叫喚。生まれてから始終、一日も欠かさず飲み続けていたものを突然辞めるのは、タバコやお酒を辞めるより、辛いことかもなぁ~と感じた。もし、八ちゃんが大きくなって薬物依存性になったら、「大丈夫。辞められるよ。だっておっぱい辞められたんだから。」と勇気づけよう…と思えるほど、壮絶な苦しみぶりだった。



2014年10月2日木曜日

電機大学跡地の白昼夢

 めっちゃリアルなオッパイが十個も付いてる巨大な、らんちゅうみたいなくじらが空を飛ぶというので、日曜日に一家で神田へ行った。大都市の空き地、旧東京電機大学跡地にて、ぷっくり膨らんだくじらのオッパイにしがみついた八ちゃんが、あれよあれよと青空へ吸い込まれていくところを想像しながらしばらく待ったのだけれど、強風のため飛行は中止になった。空飛ぶクジラの作家、パトリシア・ピッチニーニさんはグロテスクな作風とは異なり可愛らしくて綺麗な人だった。お母さんの顔になって、娘さんの髪を編んであげていたり、旦那さんが赤ちゃんを抱っこしながら息子さんとゴルフごっこしていたり、現代芸術家ファミリーの何気ないの日常を垣間見てドキドキした。娘さんも大変キュートで、マリメッコの小ちゃいポケットのいっぱい付いたワンピースがよく似合っていた。飛ばせるかどうか分からない気球と一緒に、家族で世界中を飛び回るなんていいな。気球より自由!
 夜は飛んだって、たくさんの人がツイッターで画像をアップしていた。見たかったなぁ。今度はどこで飛ぶのだろう?